オーデル川 die Oder が バルト海 der Ostsee に流れ込む 河口 die Flussmündung の街
ウェッカーミュンデ Ueckermünde in メクレンブルク=フォアポンメルン州 Mecklenburg-Vorpommern に行ってきました。
夏には長期休暇やベルリンなどからの自転車旅行をする人々で賑わうそうです。
”ドイツ最東端の海港” ということでレストランではお魚料理を楽しめます。
今回食べたのは パイクパーチ / ザンダー der Zander という 淡水魚 der Süßwasserfisch。
肉厚のさっぱりした白身魚で、なかなか美味です!
↑ 向こうに見えるのはポーランド ↑ 浜辺付近の水面は花粉が浮いてる ↑ リューベック Lübeck への定期船
↑ マルクト広場 ↑ 雰囲気のあるレストランで食べたザンダー(1/2人前) ↑
途中通った パーゼヴァルク Pasewalk という街はかつて 大きな 軍病院 das Militärlazarett がありました。
前線 die Front から遠ざかった安全な場所だったから。 あのヒットラーも第一次世界大戦時(1918年)は Pasewalkで治療を受けたそうです。
現在、病院建物の一部は郡の 役所 das Amt として使われています。
※ドイツで最も美しい郡庁舎 das schönste Landratsamt Deutschlands と言われている
そこはバルト海(の一部)なのだけど、向こうに陸地(ウーゼドム島 Usedom やポーランド)が見えるため ↑ Pasewalkの役所
「海に来た!」という感じはなし。でも潮の匂いが懐かしいぃ~
かつて Ueckermünde の ベリン Bellin という地域には 国家人民軍(東ドイツ軍) Nationale Volksarmee(NVA)、
ドイツ民主共和国 Deutsche Demokratische Republik / DDR の軍隊の駐在地がありました。
うちの旦那もこの駐屯地に3か月間滞在したそうです。
ドイツ再統一後、国家人民軍は ドイツ連邦軍 die Bundeswehr に統合されたこともあり、この施設は使われず今では廃墟に。
↑ 旦那が使っていた2段ベットがあった場所 こんな廃屋でも多くの花が咲いていた(写真は桜)↑
↑ 食堂だった建物 ↑ 洗い場があった場所
DDRでは1962年から 徴兵制度 die Wehrpflicht (18か月間) が導入され、
西ドイツのような良心的 兵役拒否 die Kriegsdienstverweigerung / Wehrdienstverweigerung は認められていませんでした。
※建設部隊 Baueinheiten という兵役代替役務に近い制度はあったが、反体制の意思表示として周囲からの差別・偏見の対象となった
任務中にベルリンの壁が崩壊したため、旦那は予定よりも短い期間で済んだそうですが
もう少し遅くに任務を予定していたら、兵役は免れた(期間が更に短くなった)かも?
本人の中でそんな発想はないみたいだし、軍で鍛えられた良い面がいっぱいあるだろうからイイか?!
東西統一後、兵役期間は次第に短縮され(9ヶ月間)ました。
また 兵役拒否者 der Kriegsdienstverweigerer / Wehrdienstverweigerer は
社会福祉事業や環境保護活動などに兵役期間より長い期間奉仕することが求められていましたが、2004年10月からは兵役と同じ期間に。
義弟 der Schwager は病院で福祉活動に従事しました(その記念にもらったという手術用メスが我が家にあります)。
「兵役も奉仕活動もしたくない」 と言う実習生(今は社員)のマーティンに、うちの旦那が
「面接ではやる気をアピールして、徴兵検査 die Musterung で指先に針を刺して出た血を採尿に混ぜれば大丈夫」
と悪知恵を吹き込み、見事に兵役も奉仕活動も免れたってー
マーティンは思いっきり草食系男子なので、軍隊で鍛えてほしかったけど
今ではこのような若者が多くなってしまったので、ドイツの徴兵制度は来月 2011年6月末を以って廃止されます。
これからナヨナヨしたドイツ男子が増えるかも?!
[…] ※なぜ義弟が手術用メスを持っていたかというと → ドイツの徴兵制度 ↑ 米沢の名物「鯉の旨煮」 ↑ […]
ピンバック by 圧力鍋活用_1 « ドイツ友 — 2013年1月7日 @ 08:42